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37年前のフィリピン、そしてパリ祭。 7月14日(土) 6464
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b0069507_06385407.jpg37年前、初めてフィリピン、マニラに行った時でした。
ホテルにチェックインしてTVをつけると、初めてフィリピンを訪問したローマ法皇ヨハネ・パウロ2世が大歓迎されるニュースが流れていました。
やがて、何やら注意の放送が流れました。拙い英語力で字幕を読むと、今日は暑いので外に出ないように的な注意でした。
日本人は勤勉と言われるDNAを多少なりとも引き継いでいるのでしょうか、私は「なんて国だ」(フィリピンの皆さんごめんなさい。)と思ったものでした。
今の日本、37年前のマニラのように暑さの注意がTVに出ます。
外に出るなの注意は出ませんが、地球温暖化とともに、日本はマニラと同じ暑さになったのでしょうか。
この3連休は各地に猛暑の注意、警告が出ています。
こんな暑い時期に開催される2020東京オリンピック。
放映権料を高く払ってくれるアメリカの放送局のためと言いますが、少しは選手の事を考えたらと思うのですが。
そして今回の中国、四国地方のような災害が起きたら、とてもオリンピックムードにはなれないと思うのですが・・・

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さて、本日は巴里祭です。パリ祭? フランスの革命記念日です。
もちろん、フランスではパリ祭なんて呼び方はしないそうです。
今年は、日仏友好160周年を祝って、日本の自衛隊も招待されて7人がパレードの先頭を行進したということです。

残忍な敵兵の咆哮を?
奴らは汝らの元に来て
汝らの子と妻の 喉を搔き切る!

進もう 進もう!
汚れた血が
我らの畑の畝を満たすまで!

ブイエ将軍の共謀者らには
あの虎狼どもには 慈悲は無用だ
その母の胸を引き裂け!

フランスの国家、ラ・マルセイエーズの歌詞の一部です。
文明国、ブランドの国、芸術の国の国家は結構残忍です。
オリンピックやワールドカップでこんな国家歌っているのですね。
「苔のむすま〜で」の気の長さとは随分違います。
奪い取った権力なのです。
さて、ワールドカップの決勝戦。こんな国家を歌って試合に臨むフランス代表、きっと強いです。!

by mash_boss | 2018-07-15 08:34 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)
日本終了、お疲れ様!  7月3日(火) 6454
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大会前はあまり盛り上がっていなかったサッカーワールドカップ2018、予選リーグでコロンビアをくだし、セネガルに追いついて引き分けになってから、俄然盛り上がってきました。
「日本代表も逞しくなってきた」というのが、感想です。
それも、本日未明で一応終了。
日本vsベルギーはエンタティメント性に溢れた試合でした。
新しいタレントも出てきて、今後世代交代が進みのでしょう。
TVやネットで色々なコメントがでていますが、セルジオ越後さんの次のコメント納得です。

「どっちがチャンス多かったということを考えたら、惜敗というよりは内容的にはもっと大きな差があった」「冷静になって全部振り返ってみてください。10人の相手に1勝しただけで、あとは2敗1分のチームがどうして強いと言えるんですか」

次の代表監督には、前ドイツ代表監督のユルゲン・クリンスマン氏の名前が上がっているといいます。
次のワールドカップでは新しい監督と新しい選手で、もうひとまわり逞しくなった日本代表を見てみたいと思います。
4年に1度のサッカーワールドカップは、サッカー以外にも色々目覚めさせてくれます。
その前に東京オリンピックがあるんだ~!

b0069507_05411884.jpg夜は、恵比寿の弘重ギャラリーの -育ち盛りの写真家5人展・リターン2「あい~AI~」-のオープニングに出席。
プロ4人とセミプロ1人の写真展。
楽しそうで、いいな~
育ち盛りというより、育ち過ぎ?

あまり詳しくは載っていませんが、詳しくはココからどうぞ!



by mash_boss | 2018-07-04 07:19 | 写真展 | Trackback | Comments(0)
気になるな~ 6月26日(火) 6447
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始まる前は、あまり盛り上がっていなかった2018FIFAワールドカップ。
日本代表の活躍もあり、大いに盛り上がっています。
ご同慶の至りです。が、どうにも気になってしょうがない事が、2つあります。
その一つは、選手の刺青。
きれいならまだしも、品が無い刺青多いです。
世界基準は知らないですが、日本では刺青は良い目では見られません。
タトゥーならと思っている若い人もいるかもしれませんが、タトゥーだって刺青です。
若いうちはいいですが、年をとって皺くちゃになると、入れ墨も皺くちゃになってしまいます。
二つめは、「半端ない」という言い方。
私の世代、いや私には奇妙に思えます。
「半端ではない」「半端じゃない」なのです。
歌は世につれ・・・ ではないですが、言葉も世につれ変わっていくのでしょうが、半端では無く、半端ないが、耳障りです。

b0069507_03514985.jpg刺青、入れ墨と言えば、こんなエントリーを昨年の5月にしていました。
前列右端が30代前半の私です。
撮影場所は、当時新宿の西五軒町にあったMASHのスタジオ。
真ん中の女性はニューヨークのフォトグラファーサンディー・フェルマン Sandi Fellman です。
ポラロイド20X24を使っての日本の刺青写真集を制作中の記念写真です。
このエントリーに、たぶん医療関係の方からでしょうが、こんなコメントがありました。

「ヤクザに肝炎→肝硬変→肝癌が多いのは、刺青による肝炎ウイルスの感染が原因の1つです。(これとは別に、薬物の不衛生な注射による感染という問題もあります)
疫学調査したら、1人の彫り師にたどり着いたけれど、彫り師の命がかかっているので公表できなかったという話を聞いたことがあります。
これが刺青を軽々しく考えてはいけない理由です。
刺青は磁性体ですから、MRIを撮影するときに、皮膚に電流が流れて、やけどをすることがありますので、原則拒否しています。
脳梗塞など多種多様な疾患で、高度な医療の恩恵を受けられない覚悟が必要になります。
別に非難しているわけじゃないんですけど、刺青の話をするときは、良くない面も知っておいて下さい。
次元の違う話なんだけど、模様に飽きない?」

元のエントリーはこちらです。


by mash_boss | 2018-06-27 07:17 | イベント | Trackback | Comments(0)
ヤッタ~ !! 8月31日(木) 6151

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b0069507_05304268.jpgオメデトウ!サッカーワールドカップ出場、決めました。
中学時代、サッカーにはまった私としては大興奮です。
2点めを決めた井手口、知りませんでした。彼のゴール、ヨーロッパの試合を見ているようなでした。
香川も本田も出ないで、これまで勝った事が無いオーストラリアに勝てるなんて!世代交代印象づけられました。
24年前のドーハの悲劇は、朝日新聞本社の地下のスタジオで撮影中に体験。あの時は、本当にがっかりしました。
昨日の試合後のまさかのキリン生CMで、ジョホールバルの歓喜の岡野や川口の姿も久しぶりに見られて、懐かしかったです。
ハリルホジッチ監督のあんな嬉しそうな表情見た事がありません。
本番も若い力で、勝ち進んでください。!!
b0069507_06132354.jpg午後は、JPS・日本写真家協会の広報委員会。写真集を手にニコニコ顔は、報道写真家桑原史成さんです。
手にしているのは、同じく、報道写真家の英伸三さんと、先日開いた写真展の図録です。
桑原さんは水俣病の写真で有名です。
私の中学高校の頃、桑原史成さん、英伸三さん、富山治夫さんの3人の純粋な報道写真はTVでは知らせてくれない、新聞では深掘りできない写真で、世界を教えてくれました。
アサヒグラフも毎日グラフも廃刊され、TIMEも無くなり、フォーカスやフライデーといった覗き見がはやり、Webの時代になりました。
日本で唯一残るグラフジャーナリズム詩はDAYS JAPANだけになってしまいました。
フリーの報道写真家は生きにくくなりました。
桑原史成さん、80才。まだまだ現役です。




by mash_boss | 2017-09-01 07:14 | イベント | Trackback | Comments(0)
合掌 クラマーさん。 9月19日(土) 5307


クラマーさんが亡くなりました。
私の年代の「サッカー少年」にとっては、神様みたいな人でした。
大衆スポーツとしては、野球とプロレスと相撲くらいしか無かったサッカー後進国というか、野蛮国日本に指導に来てくれた、旧西ドイツの方です。
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私の行っていた大学附属の中学は、体育の先生がメルボルンオリンピックのサッカー全日本代表候補だっただけに、サッカーが盛んな学校でした。また、昔から大学のサッカー部も強く、その影響かサッカー部(蹴球部)も強く、都大会での優勝回数も多い中学でした。
それだけに、野球よりサッカーが盛んで、64年の東京オリンピックでのベスト8、メキシコオリンピックでの銅メダルは、ワールドカップで優勝したようなものでした。(1964年にワールドカップを知っていた、日本人は何人いたでしょうか・・・)
当時のサッカーをする環境は、今と比較すると比べものになりませんでした。芝生のグランドは全く無く、1月に天皇杯決勝が行われる国立競技場さへ、芝生はありませんでした。サッカーは芝生のグランドでするものだとわかったのは、ワールドカップの記録映画「ゴール」を見てからでした。それと共にワールドカップというのは、とてつもない大会だというのを、映画を通して知りました。「ゴール」を見てチルコフスキとエウゼビオのファンになりました。
それかから幾星霜、今の日本のサッカー状況は信じられないくらい、素晴らしくなりました。
芝生のグランドは当たり前だし、サポーター(昔はこんなしゃれた言葉はありませんでした。)は、いっぱい見にきます。私がサッカー少年だった頃は、天皇杯とはいえ、観客少なかったのです。
そして、日本人選手が、たくさんヨーロッパで活躍しています。Unbelievable!
クラマーさんは、日本を去るにあたって、5つの提言を残しました。
1:国際試合の経験を数多く積むこと。
2:高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。
3:コーチ制度を導入すること。
4:リーグ戦を開催すること。
5:芝生のグラウンドを数多くつくること。
これを、忠実に実行して、今の日本サッカーになったのです。
日本サッカー狂会・武藤文夫さんのブログによると
『1975年にクラマー氏は、ベッケンバウアやゲルト・ミュラーを擁しバイエルンミュンヘンを率い、欧州チャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前進)を制した。その折に「人生最高の瞬間ではないか」と問われ、「最高の瞬間は日本がメキシコ五輪で銅メダルを獲得したときです。私は、あれほど死力を尽くして戦った選手たちを見たことがない。」と語ってくれたと言う。』との事です。
クラマーさん、ありがとうございました。合掌。

P.S その頃、蹴球部の試合の写真を写していました。カメラはトプコンREスーパー、 レンズは今は無きレンズ専業メーカー「サン」の80mm〜200mmのズームレンズでした。

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by mash_boss | 2015-09-20 07:44 | 日常生活 | Trackback | Comments(0)