バッグの中身、気になります。    201/365   7月18日(月・祝・海の日)   7402

今日は、海の日です。
祝日ですがピンと来ません。
比較的新しい(といっても1995年)に7月20日に設定され、その後ハッピーマンデー法で7月の第三月曜日になり、2020、2021とオリンピックで日にちが移動していたので、少し混乱気味の可哀そうな祝日です。
その点では、山の日、スポーツの日も同様に今年は、3年ぶりに正常な日に戻ります。

バッグの中身、気になります。        201/365        7月18日(月・祝・海の日)   7402_b0069507_10060199.jpg11日(月)に取材を受けた、フォトグラファー桃井君Youtubeの「あの人のカメラバック」の49人目として、19日(火)にアップされます。

左の写真は、広告系フォトグラファーがロケに行く時の機材の一例です。
今回は、こんなに多くのバックでは無く、一番右の蓋の開いているバック、PERICAN1560SCBKの中身をご覧にいれます。

広告写真の場合、撮影目的もしかっりしていて、かかわる人数も多いので、事前打ち合わせきちっとして、持っていく機材を決めます。
PERICAN1560SCBKの中身も、撮影によっては随分異なりますが、今回は、極々基本的なセットを入れた中身をご紹介しました。




# by mash_boss | 2022-07-19 11:59 | 機材 | Trackback | Comments(0)
お役に立てたでしょうか・・・     200/365    7月17日(日)   7401

お役に立てたでしょうか・・・     200/365    7月17日(日)   7401_b0069507_09062603.jpg本日の夜は、三重在住で写真愛好家の指導をなさっているフォトグラファーの小堀さんが主催するグループの、Zoomミーティングに御招待いただきました。
プロのフォトグラファーの色々を話してとのご要望でした。
色々、お話できて楽しかったです。

新型コロナウイルスのおかげ?で、ZOOMに代表される、Online meetingが一般的になって、今回のような趣味のミーティングも距離と場所を超えて開催できるようになりました。
こういのを、怪我の功名というのでしょうか・・・


お役に立てたでしょうか・・・     200/365    7月17日(日)   7401_b0069507_09161799.jpg本日、いただいたお中元です。
鎌倉ビールと、鎌倉ハム!
早速、夕食にいただきました。

やはり、鎌倉は「鎌倉殿の13人」で盛り上がっているんですね〜
この鎌倉ビールは、ブラウンビールで、にがみが効いて濃厚で旨いビールでした。

お役に立てたでしょうか・・・     200/365    7月17日(日)   7401_b0069507_09161776.jpgいただいた、ビアソーセージと粗挽きチョリソーに、自宅にあった、普通の鎌倉ハムを加え、フランスパンの薄切りをカリカリにトーストして、バターをたっぷり塗って本日の夕食です。
お供は、もちろん鎌倉殿の13人ビールです。




# by mash_boss | 2022-07-18 12:42 | 写真世界等々 | Trackback | Comments(0)
15年前は・・・    199/365    7月16日(土)   7400

15年前は・・・    199/365    7月16日(土)   7400_b0069507_07202672.jpgこのところ「Nikonがデジタル一眼レフの開発停止」か? というニュースから、ちょっとノスタルジックな話題が続いているこのブログですが、フィルム最後の華とも言える写真が出て来ました。

これは、2007年7月26日のスタジオの写真です。
某ファッション系のロケ準備中の写真です。
2日間の撮影で、ブローニーサイズのPROVIA100Fを400本とPROVIA400XXを100本の、計500本を準備しました。
カメラは、マミヤRZ67を使用しました。
今更ですが、こんなにたくさんフィルムを使う撮影がデジタルになると、フィルムも現像代も0になってしまうのですから、大変な事です。
当時のブローニーポジフィルムの値段はハッキリ覚えていませんが1本600円だとして、フィルム代が¥300,000,- 現像代も600円として500本で、同じく¥300,000,-。それにポラロイド代が¥100,000.-として、¥700,000分の感材費が、デジタルになる事で0になるのです。
最盛期、MASHの四谷のスタジオも周りには、堀内新宿、日本発色、クリエイト水道橋、コダックシグマの4か所の現像所がありましたが、今は全部無くなりました。


このクライアントさんは、一番最後まで、フィルム撮影をしていた会社です。
そのわけは、MASHの撮影ではありませんが、以前デジタル写真の初期に一回デジタル撮影をした事があったようですが、印刷結果が思わしくなくフィルムに戻った経験があったのです。
2007年頃には、印刷会社もデジタルデータからの印刷にどんどん変わっていた時期で、このクライアントさんもデジタルからの印刷に変えたいので、デジタルで2~3カット写してくれないかとの依頼がありました。
そのデーターから印刷した印刷物と、フィルムからの印刷物をクライアントに見せて、デジタル撮影に切り替えるように勧めるという事でした。
つまり、フィルムからの印刷ラインと、デジタルからの印刷ラインを持つのが、非効率になってきた時代なのです。
フィルムからの印刷が、どんどん減ってきていた時代なのです。

このクライアントさんも、2008年には、デジタル撮影になったと思います。

今や、プロビア100Fブローニーのお値段は、ヨドバシカメラで5本パックで¥8,930,- 1本あたり¥1,786、ーもするのです。
現像は、中3~4日かかるようで、切現テスト現像なんて、望むべくもないのでしょう。
フィルムは、仕事では使えません。というかそういう依頼も来ないし、こちらからフィルム撮影にしたいと言っても、受け入れてくれるクライアントさんは、99.99%いません。


# by mash_boss | 2022-07-17 08:32 | 撮影準備 | Trackback | Comments(0)
僕のKodacrome  僕がNikonをやめたわけ・・・   198/365  7月15日(金)    7399

僕のKodacrome    僕がNikonをやめたわけ・・・   198/365  7月15日(金)    7399_b0069507_07061619.jpg古いNikonの200㎜レンズです。
Topcon RE superからNikonに乗り換えて、師匠の長友さんから譲ってもらった。魂の入ったレンズでした。

私が、NikonからCanonにカメラを変えたのはこのレンズにあるのです。

僕のKodacromeというポールサイモンの曲があります。
 
 コダクローム
 鮮やかな色彩を与えてくれる
 夏の緑を与えてくれる
 世界中が晴れの日だと思わせてくれる。
 ニコンのカメラで
 写真を撮るのが大好き
 だからママは僕のコダクロームを取り上げないでくれ

昔のヒット曲にも出てくるKodacromeという有名なカラーポジフィルムがありました。

僕のKodacrome    僕がNikonをやめたわけ・・・   198/365  7月15日(金)    7399_b0069507_07051692.jpg
これがKodacromeの3世代目です。
CANONはこのフィルムが正しく発色するようにレンズを作ったのです。
私が、2番目の師匠杉木さんのアシスタントをしていた時に、このフィルムを日本で唯一現像できた東洋現像所(現イマジカ)の営業が、CANONで撮影したテストポジを見せてくれました。

私は、さっそく自分のNikonに上の200㎜を付けて、Kodacromeで、テストポジと同じような被写体を写してみました。
単純にグレーのアスファルトを順光で写したのです。
結果は、CANONとは全く違い緑被りのグレーのアスファルトが写っていました。
こんなに違うんだとビックリするとともに、すぐCANONに取り換える決心をしました。

Kodachromeは1936年にKodakが世界で初めて市販した、35㎜カラーポジフィルムです。
発売当時のISO感度は10です。
私の頃にはISO25と64のKodacromeがありました。
サイズは35㎜だけでした。
Kodakには、エクタクロームというカラーポジフィルムが35㎜~11x14inchまで各種ありました。
でも、35㎜での撮影は、殆どKodachromeをつかっていました。
Kodachromeは外式という現像方法、エクタクロームは内式現像方法でした。
外式のKodacromeの方が、粒子が圧倒的に細かくて、大きくする印刷に耐えました。
そのかわり、その頃は東洋現像所でしか現像ができず、しかも増減感もできませんでした。アシスタントには緊張するフィルムだったのです。
撮影が終わると、急ぎの場合には、横浜の尻手にあった東洋現像所に持っていくと、次の日には現像があがっていました。

余談ですが、東洋現像所が現像し始める前は、香港かハワイに撮影済みフィルムを送っていたのです‼ 私はその頃をしりません。😅
1976年にケン・モリさんとハワイでロケした時には、ホノルルのABCストアで、午前中にコダクロームの現像をだすと、夕方には現像ができているのには、ビックリしました。

1988年のソウルオリンピックの頃には、現像は堀内カラーとロイヤルカラーでもできるようになっていました。
また、フィルム感度もISO200のフィルムとサイズはブローニーも発売されました。
増感現像もできるようになったと思います。
でも、時すでに遅しで、富士のベルビアに代表されるフジクロームの世の中になっていました。

ナショナル・ジオグラフィックのフォトグラファー スティーブ・マッカリーさんが2010年に最後のコダクロームを写す、感動的な記録のThe Last Roll of Kodachromeをご紹介します。







# by mash_boss | 2022-07-16 08:49 | カメラ | Trackback | Comments(2)
時々生産?   197/365   7月14日(木)   7398

時々生産?   197/365   7月14日(木)   7398_b0069507_06204391.jpgNikonのデジタル一眼レフ「開発停止」の話題が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりです。
12日に朝日、日経が「開発停止」を発表、同日Nikonが公式にあいまいに否定、13日フジTVが夕方のニュースで「開発停止」を報道、本日GIZMODEでは「開発停止」をしないのではとの記事を掲載・・・
GIZMODEの記事では、やがては一眼レフは消えていくだろうが、そんなにすぐでは無いというニュアンスです。

なぜNikonの一眼レフ開発停止が、こんなに話題になるかというと、ある年齢以上のフォトグラファーは、みんなNikonのお世話になっているからです。
また、カメラ業界以外のニュース等でも話題になるのは、かつては日本のカメラが輸出品の花形で、そのなかでもNikonは高級品を輸出していたからです。
カメラが日本のメジャー輸出品だという事を、当時はみんな知っていて誇りだったのです。
今で言えば、自動車のようなものでしょうか。


時々生産?   197/365   7月14日(木)   7398_b0069507_06525287.jpg初代Nikon F+モータードライブです。
ブラックではありませんでしたが、私も使っていました。
この頃は、Nikon Fにモータードライブを付ける時は、Nikonで調整してもらう必要があったと思います。
フィルム交換も、裏ブタを全部外して行うという、やかいなものでした。
Nikon Fの発売は、1959年の6月。F2の発売は1971年9月なので実に12年3ヶ月も、同じモデルを生産していました。
今のデジタルカメラでは、考えられない事です。
それだけ、Fにお世話になったフォトグラファーの年代の幅も広いという事です。

Nikonはフィルムカメラを作る技術伝承のために、Nikon FMを年に1回(?)生産していた時期があったようです。
デジタル一眼レフも、同じ理由で年に1回は作るなんて事をするのでは等と思っています。
一眼レフのミラーボックスは機械工学のなせる技なのです。

時々生産?   197/365   7月14日(木)   7398_b0069507_08033305.jpgTOPCON RE SUPERです。1963年発売です。
私が、最初に買った一眼レフです。
1965年位にお小遣いを貯め、父からの援助を受け買いました。

世界初のTTL開放測光。
ミラーに細いスリットを入れて、そこから測光ようの光を取り入れるというユニークな方式、ペンタプリズムも外せます。
アメリカの海軍が正式採用したと思います。

優秀なカメラでしたが、よく壊れました。
何回か、板橋の小豆沢だったと思いますが、都電に乗って修理に出しにいきました。
結局は、壊れないニコマートFTに買い換えました。
正直、REスーパーより数世代もニコマートは遅れていると感じました。
Nikonの一眼レフより性能的には優れていましたが、耐久性という事では劣っていました。それが原因か、メーカーが小さかったせいなのかはわかりませんが、あまり売れませんでした。
製造元も、1981年にカメラから撤退してしまいました。
そのTOPCON RE SUPERが「2020年度重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)」として登録されました。
また「同時期にシステムの一環として製品化された300mm/F2.8レンズやレトロフォーカス広角レンズ等も高く評価された。優れたシステム性と先進的な機能を独自の技術で実現したカメラとして重要である」ことが評価されたとの事です。
もう、この頃にサン二ッパを発売していたなんて・・・
よのなか、良い物が残るとは限らないのです。



# by mash_boss | 2022-07-15 08:43 | カメラ | Trackback | Comments(0)