

📷✨
東京都写真美術館で始まった写真展「W.ユージン・スミスとニューヨーク ロフトの時代」 に行ってきました。
W.ユージン・スミスは、写真を志す人なら誰もが一度は向き合うべき存在。
どの角度から見ても“写真とは何か”を突きつけてくる、逃げ場のない写真家です。
恵比寿駅から都写美へ向かうスカイウォークの展覧会の広告です。
右側の写真は、1957〜1965年にスミスが暮らしたニューヨーク・821 Sixth Avenue、通称 The Jazz Loft から撮影されたシリーズの一枚。
写真展を見る前から、すでにスミスの世界に引き込まれてしまう感じです。

👜📷
プリントを入れるための革製バッグ。
よく見ると……日本語が書いてあります。
実はこれ、ユージン・スミスが 1961〜62年に日立製作所を撮影した際に使っていたバッグ みたいです。
日立創業50周年のPR用として依頼された撮影で、スミスは工場やその周辺を丹念に記録しました。
日立が彼に依頼した理由は、ピッツバーグ撮影(1955–58)の評価が圧倒的に高く、“工業都市を撮らせたら世界で最も信頼できる写真家” と判断されたからだと言われています。
誰がこのマッチングを実現したのかは分からないけれど、今思えば完全に英断。
こういう実物の展示があると、ユージン・スミスという写真家を 作品だけでなく「生きた人間」として理解する入口 になってくれて本当にありがたいです。
写真の裏側にある時間や選択、現場の空気まで想像が広がります。

☀️📷
3連休の最終日の午後、恵比寿ガーデンプレイスも都写美もびっくりするほど空いていました。
あの静けさでユージン・スミスを見るの、ちょっと贅沢でした。
広くて奥の深い、ユージン・スミスを知るイントロ的写真展です。
それにしても…
今やユージン・スミスを知らない人、けっこう多いのかな〜。
写真史のど真ん中にいる人なのに、時代が変わると“当たり前の名前”じゃなくなっていくんですね。

🎷🏙️
ニューヨークのロフトをイメージしたコーナーもありました。
スミスが見ていた世界の断片に、ちょっとだけ触れられた気がしました。

📷🌊
ユージン・スミスと言えば、やっぱり水俣の撮影です。
左が、1971年から約3年間水俣に暮らしながら撮影していた時に使っていた Nikon F2。
右は、妻アイリーンが使っていた FUJICA です。
彼らが水俣を撮るようになったきっかけは、1970年に編集者・元村和彦さんから「水俣という場所がある。写真を撮りに行きませんか」
と声をかけられたこと、そしてその時初めて“公害で人が死ぬ” という事実を知ったからだそうです。
当時、桑原史成さんの写真集も見たようで、会場にはその桑原さんの作品も2点展示されていました。
その後の撮影は、1975年の写真集 『MINAMATA』 として結実します。
そして最近は、ジョニー・デップがユージン・スミスを演じた映画『MINAMATA』も公開されました。
ちょうどこの写真展の会期中に、都写美で映画も見れます。
写真を目指す人。
いわゆるアマチュア写真から抜け出したい人。
若いフォトヅラファー。
生成AIを恐れている人、信奉者。
ぜひ、ご覧になってください。

📸🐍
蛇足ですが…この1枚😅
写真展の中にセルフポートレートがあって、つい影響されてしまいました。
その勢いで、恵比寿ガーデンプレイスで撮った1枚です。
ああいう作品を見ると、つい自分でも試したくなるのが写真好きの性ですね。

htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-36347867"
hx-vals='{"url":"https:\/\/mashtokyo.exblog.jp\/36347867\/","__csrf_value":"11057d4e199cd4d9a5bce85b5e3f7846e8dc1db8745062d8926905c33c9a4ad044d78435e561b71d52be72d6834ed0770310bc0249d4ac07a52f9c0a895258a7"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">