危機感の表れ・・・      229 8月17日(日)

危機感の表れ・・・      229                          8月17日(日)_b0069507_23001905.jpgひと月ぶりに、恵比寿の東京都写真美術館へ行ってきました。
お目当ての写真展を2つ見終えて外に出ると、目に飛び込んできたのは、美術館の外までずらりと続く行列。

こんなに並んでいるのを見るのは初めてかもしれません。
その理由はすぐにわかりました。
今日は「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」の最終日だったのです。

なぜ今、「ヒロシマ」なのか。

ふと、最近耳にしたニュースが頭をよぎりました。
とある政党の新人議員が「核武装は経済的だ」といった主旨の発言をしたとか。
そうした発言が火をつけて、関心が高まっているのでしょうか。
それとも、私たち一人ひとりが、時代のどこかに危うさを感じ取りはじめているからなのかもしれません。

毎年めぐってくる「8月」ですが、今年の夏はどこか違う空気を感じています。
ただの記念日ではなく、「過去の体験」が確実に「歴史」に変わっていく、その境目のような瞬間を、私たちは生きているのかもしれません。

写真展を見て、行列を見て、ニュースを思い出して──そんな一日が、思いのほか深く胸に残っています。


危機感の表れ・・・      229                          8月17日(日)_b0069507_23001968.jpg
今日の都写美行きの、ひとつめの目的は、都写美のキュレーターの方々が企画した写真展。
タイトルは「トランスフィジカル」・・・
うーん。正直、聞いただけじゃピンときませんよね。
なぜ、難しい言葉を使いたがるんでしょう?
「トランスフィジカル」の説明、書いてありましたが、私の頭ではサッパリ?119.png

改めて感じた「キュレーターとフォトグラファーのちがい」今日、改めて思ったのはこれ。
キュレーターはフォトグラファーの気持ちわからないだろうな~

もちろんどちらも「伝える」仕事だけれど、やっぱり役割がちがいます。
キュレーターは“構成”と“文脈”を生む人。
フォトグラファーは“瞬間”と“視点”を提示する人。
どちらが上とかではなく、まったく違う立ち位置なんだと、展示を見ながら実感しました。

都写美、やっぱり面白い場所です。
危機感の表れ・・・      229                          8月17日(日)_b0069507_23002029.jpg「トランスフィジカル」─やっぱり難解なテーマで、ちょっと置いていかれそうになりつつも、会場を歩いていたら、こんな展示に出会いました。

そう、ベセラーの引き伸ばし機です。
これなら、私にもわかります!

そして、その向こうに…贅沢すぎる展示が。
引き伸ばし機の向こうに飾られていたのは、なんと─アンセル・アダムスとアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真!
しかもそれを使って、ビンテージプリントの意味を解説するという、贅沢な展示でした。
「え、こんな一流作品を教材にしちゃえるのって、さすが都写美です。
税金はらっている意味あるな〜と思わず心の中でツッコミ。
ー写真が好きな人なら、思わず立ち止まってしまうコーナー。
難解な企画展の中に、こんな“ご褒美”が隠れているから、美術館ってやっぱり面白いですね。
危機感の表れ・・・      229                          8月17日(日)_b0069507_23002048.jpgベセラーのイーゼルの上には、アンセルアダムスのプリント解説。
よくみませんででしたが、もしかしてゾーンシステムの解説だったかも・・・

展示室の一角に置かれていた、ベセラーの引き伸ばし機。
そのイーゼルの上には、なんとアンセル・アダムスのプリント解説が─!
ちゃんと読み込まなかったのがちょっと悔やまれるのですが、あれ、もしかして、ゾーンシステムの解説だったかも?

いまやデジタルの時代。
でも、こうしてアナログの道具と、それを使ってきた巨匠たちの理論が紹介されているのを見ると、写真という文化の積み重ねを感じます。


危機感の表れ・・・      229                          8月17日(日)_b0069507_23001986.jpg
ふたつめの目的「終わらない風景」ルイジ・ギッリ写真展です。
東京都写真美術館の開館30周年記念企画、イタリアの写真家ルイジ・ギッリの回顧展です。
正直に言うと……私にはピンときませんでした。

写真を見て、難解な解説文を読んで、また写真に戻って……いつの間にか、ちょっとしんどいスパイラルにはまってました。
解説の言葉が難しすぎて、写真の世界に入り込むめません。
私の読解力の不足でしょう。
「感じる」前に「読まされる」感覚。これって本末転倒かも。⸻もっと「言葉」が優しかったら…

作品に難解な理屈をつけた瞬間、写真って遠ざかってしまう。
それを今日は強く感じました。
もちろん、ギッリの写真に込めた哲学や視点はあるのでしょう。でも、もう少し観る側に寄り添った言葉が添えられていたら、きっと、もっと違う見え方をしていたんじゃないかな…。


by mash_boss | 2025-08-18 08:27 | 写真展 | Trackback | Comments(0)
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