懐かしい!  5月21日(火) 6487
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b0069507_20534402.jpgフォトグラファー赤城耕一さんのアサヒカメラの連載「銀塩カメラ放蕩記」の今月号はトプコンREスーパー。
懐かしいです。私が最初に手に入れた一眼レフなのです。1964年のオリンピックの頃でした。
中学の担任が、生物の先生で、教科書に載せる顕微鏡写真を写していました。それに使っていたのがトプコンREスーパーでした。
その先進性を、いろいろはなしてくれました。
クラスには、カメラ・写真好きが3人いて、それぞれ一眼レフを買いましたが、ひとりはNikonF,もうひとりはPENTAX SP,先生の影響を受けた私が、TOPCON RE SUPERとなりました。
その頃の大学卒の初任給は、国家公務員上級職で¥19,100,- 都市銀行で¥2,3000,- 程だったという事ですが、Nikon F+50mm F2が¥67,000,- PENTAX SP+50mm F1.4が¥52,000,- TOPCON RE SUPER+58mmF1.4が¥60,500,-でした。 
今年の大卒初任給は¥210,000,-という事なので、一番高いニコンFは、今の物価では¥610,000,-程になります。
今更ながら思うのですが、3人の親にとって大変な負担だったと思います。それまでのカメラがCANONET、レンズ交換ができる憧れの一眼レフ、手に入れた時の喜びは今でもはっきり覚えています。
RE SUPERは、当時、アメリカ軍やFBIのカメラに採用されて、優れた性能で耐久性も高いと宣伝文句にあったのですが、私のRE SUPERは1~2回壊れました。そのたびに都電に揺られて板橋区の蓮根にあったトプコンまで修理に出しにいきました。本社と工場が一緒の「カメラの先進性」とはかけ離れた施設でした。
中学生にとっては、遠かったです。
高校性になって、RE SUPERを下取りにだし、NIKOMAT FTに変えてしまいました。
私にRE SUPERの先進性を教えてくれた先生は、3年ほど前に亡くなりました。
PENTAX君は、某大手住宅メーカーを勤め上げ多趣味な生活を楽しんでいます。Nikon君は、保険会社の監査役として会社を見張っています。
あの時、RE SUPERを手にいれて無かったら、プロのフォトグラファーにはなっていなかったかもしれません。
私の原点、RE SUPER 懐かしい。


b0069507_03194520.jpg今日の東京は朝から凄い雨でした。


b0069507_20534056.jpg雨に似合うのは、紫陽花。
少し色付いてきました。


by mash_boss | 2019-05-22 07:15 | カメラ | Trackback | Comments(0)
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