お祭り  9月16日(日) 6526

b0069507_01385173.jpgこの土日は、牛込の鎮守府、神楽坂の赤城神社のお祭りでした。
昨今は、建築家隈研吾さんが設計した社殿とマンションや赤城カフェ、そして神楽坂という地名で、ちょっと名の売れた赤城神社ですが、歴史は古く設立は1300年、今から718年前という歴史のある神社です。
私の家は、祖父の代からこの神社の氏子です。
赤城神社の氏子地域は、東京の山の手と下町の両方の風情がある、独特の地域です。
氏子地域は、名前のとおり坂が多く、路地も入り組んでいるので神輿の渡御も大変です。
b0069507_01391718.jpg神楽坂、今では「観光地」になっていますが、私の子供の頃は、料亭の町で普通の人びとには、あまり縁が無い町でした。
もっと前、大正時代は新宿より賑わっていた繁華街だったようです。その後、少し停滞してしまいました。
でも、料亭はちゃんと残って、庶民には関係ない繁盛をしていたようですが、時代の流れとともに、料亭も少なくなりました。
いつの頃からでしょうか、近所の日仏学院や暁星学園の前にあったフランス人学校の影響でしょうか、小洒落たフランス料理屋さん等ができ始めてました。
こじつけかもしれませんが、坂が多く伝統のお店が多いこの地域は、モンマルトルの丘をフランス人には思い浮かばせるなんて事をTVでみました。
ただのボート乗り場だったのが、カナルカフェなんいう名前のオープンカフェになったりもしました。
神楽坂の変化が感じられ、雑誌に登場する事が増え始めた頃に放送された2007年のTVドラマ、嵐の二宮和也主演、倉本聰脚本「拝啓、父上様」のヒットで、その後、街の変化と観光地化がすすみました。TVの影響力、健在でした。
今日の夕方は、そんな神楽坂の早稲田寄りにある赤城神社の祭礼のメインイベント、氏子地域の中の赤城下町、築地町、改代町、水道町、西五軒町、横寺町、神楽坂六丁目の7町連合渡御でした。
赤城神社の氏子の町は28あるのですが、昔からの町名が変わったのが通寺町が神楽坂6丁目に変わっただけで、あとは江戸時代からの町名を引き継いでいます。
もう随分前ですが、郵便番号を導入するにあたり、東京の多くの町名と地域が変更されましが、新宿の旧牛込区地域では町名変更反対運動が起こり、古い町名は残りました。

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この地域の最近の傾向は、子供の数が増え始めまた事です。
統廃合の計画があった小学校がそのまま存続になりました。
原因のひとつは、デジタル化? と交通の便の良さ。
赤城神社の氏子町会の半分の地場産業は印刷と製本でした。
千代田区に接する東京のど真ん中にありながら、近くにある大日本印刷(DNP)の本社工場や榎町工場、少し離れていますが共同印刷等のの下請け工場地域だったのです。
デジタルになり、Web発展と反比例して、雑誌や広告の印刷物が減るとともに、DNP等の一次下請けだった大きな印刷、製本工場から小さな工場まで、猛烈な勢いで閉まって行きました。
そして、その跡地にできたのが、マンションです。
交通の便も地下鉄東西線、有楽町線、南北線、大江戸線、JR中央総武線と良いのでマンションが増えていきました。
最近では、地域によっては「裏神楽坂」なんていう呼び名も付き始めました。
最近は、この辺にできるマンションは億を超える物件も増えています。
恐るべしデジタル! 産業が変わってしまったのです。

b0069507_01385743.jpgこのワンちゃんは、ご主人を駅まで送る奥さんと毎日我が家の前を通るワンちゃんです。
人懐っこく可愛いワンちゃんですが、今日はハッピを着て、お祭りに参加です。

2日間のお祭り、天気も持ち無事終了です。
来年は、赤城神社の大きな神輿が久しぶりに出ます。
それはそれで、結構大変なようで氏子28町会の役員さんは、忙しくなります。

神楽坂、4年前には新潮社の倉庫をリノベーションしてLa Kaguというおしゃれなショプになったりして、どんどん変化しています。
東京のどこにも無い面白い街です。



by mash_boss | 2018-09-17 07:47 | イベント | Trackback | Comments(0)
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