
奇跡の1本松です。岩手県陸前高田市。
東日本大震災から、2年と9ヶ月。
美しかった高田松原で1本だけ残り、その後人工的に保存されている記念樹です。
2012年3月以来、1年8ヶ月ぶりに行って来ました。
前にやずねた時は、瓦礫がやっと片づいた感じでしたが、今は、建設現場の真ん中にぽつんとたっていました。

こちらは、宮城県気仙沼市のJR大船渡線鹿折唐桑駅前です。
以前は、第18共徳丸という大きな漁船が、津波で打ち上げられていました。
10月24日に解体工事が終わり、更地になりました。
打ち揚げられた共徳丸を残す残さないで話題になりました。
「共徳丸は大漁をする船で金華山沖や八戸沖の漁場で漁をして、漁場からエンジンをうならせて12時間ほどで気仙沼魚市場に入港して水揚げをしました。市場にこの船が入港するのを昔はとても楽しみにしていました。津波でこの場所に打ち上げられてからは共徳丸を見ると悲しくなりました。
観光客が、ビールを片手にピースサインをして写真を撮っている姿を見るたびに憤りも覚えました。観光客は震災での私たちの苦労も共徳丸への思いも知りません。共徳丸は気仙沼魚市場と私たちの生活を潤してくれた恩人です。周囲に打ち上げられた船は沖に戻されたのに、この船だけがこの場所に2年7カ月も置き去りにされました。その姿がとても悲しかった。やっと心が痛む風景がこの場所からなくなりました。」(宮城県復興ブログ ココロプレス)

2年前の2011年12月30日に初めて行った時の写真です。
震災の年に起こった事は、その年の内に現実を見なければ・・・ 単純な思いで行きましたが、驚く事ばかりでした。
それから、毎年年末にはここに行く事にして、3回目になりました。
前の写真で紹介した地元の方のコメントの心情はわかります。でも、あえてでも、残して欲しかったです。
今、震災、津波を体験した方は、見るのが辛いと思います。でも、将来、震災を体験をしていない人達に伝えるためには・・・ 写真や文章より実物の方が・・・
「日本人の特性」を感じます。「水に流す・・・」、これって問題を根本的に解決しないで、先送りにしてその場を円く治めるためなのでは・・・
もっと、物事を良く考えるように・・・ 来年の私の課題です。

こちらは、1本松です。
奇跡の1本松駐車場ができていました。
「鎮魂・希望・復興」の象徴として、陸前高田市は松を残す事にしたそうです。
1本松までの道も、細いですが舗装され途中には、洋式の仮設トイレまで、備えてありました。「観光地」化されながらも、残って行くのでしょう。
でも、街はまだまだ、復興には程遠い状態ですが、高台移転のための工事が進んでいました。
どんな気持ちでもよいですから、被災地に行かれる事をお勧めします。(ピースサインでの写真撮影はやめましょう。)
「百聞は一見にしかず」です。これから、起こるであろう震災が、より、現実的に感じられます。生きている我々が、震災を現実的に捉えて、準備をして犠牲者を少なくする事こそ、今回の震災の犠牲者の方々に応える事になるのではと思います。
そして、震災ばかりでなく、それによって引き起こされた原発の事も考えてください。

東京に戻ってきたのは、午前2時近く。
いつもの、東京オート洗車で雪で汚れた愛車を、今年最後の洗車。きれいにしました。
この時間、1日の仕事を終わった、タクシーの洗車が多いです。

本日の走行距離は、1035.3kmです。
18時間の行程でした。
来年も、もちろん行く予定です。
写さなければ、何も残りません。
記録写真の価値は、後生の人が見つけるものだと思います。
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