悲しい知らせ。10月7日(木) 2221
アサヒカメラ現編集長の奥田明久さんが、10月2日に急逝なさいました。1958年生まれという事なので、まだ52~53才です。本日、写真関係者に訃報が流されました。
既に身内で密葬を済ませ、今後については未定とのことです。
亡くなられた10月2日は、私も行った「フォトフォーラム」というイベントで元気に司会をなさっていました。その晩に亡くなられたようです。
アサヒカメラ編集長といえば、広告系の写真以外の写真の世界では重要なポストです。アサヒカメラは創刊以来様々な写真家を育ててきました。かつて、篠山紀信さんは「誰も載せてくれない写真を載せてくれるのが写真誌だ。」とどこかで発言なさっていたのを読んだ記憶があります。多くの写真家は、自分の思いの丈を込めた写真をアサヒカメラに掲載してもらい、育っていきました。
私が、写真に興味を持った中学生の時、最初に買った写真の本がアサヒカメラでした。その後、山岸編集長ひきいる「カメラ毎日」に乗り換え、山岸編集長が辞めてしばらくして、カメラ雑誌からははなれ、フォトグラファーのアシスタントになってからは「コマーシャルフォト」誌が愛読雑誌になりました。そして、再びこの頃はアサヒカメラも手に取るようになってきています。
対抗誌だった「カメラ毎日」はとうに廃刊してしまい、総合写真誌として残るのは「アサヒカメラ」だけになってしまいました。アサヒカメラの版元も朝日新聞出版局から朝日出版に変わりました。これもWeb等のデジタルメディアの台頭による結果です。
アサヒカメラは社会のデジタル化、写真のデジタル化に伴い、大きな変革時期の目撃者としてその重要性がますます増しています。
奥田さんと最初にお会いしたのは、奥田さんが編集長に就任された直後の事でした。アサヒカメラとキヤノンがタイアップした、プリンターイベントの件でアサヒカメラ編集部に伺った時でした。その後は、写真関係のパーティーでよくお合いしました。パーティー後の飲み会でも御一緒したこともありました。パーティーで最後にお合いしたのは、9月2日に銀座のライカサロンで開催された、荒木惟経写真展「愛の時間」のオープニングレセプションでした。いつもはスーツにネクタイなのですが、その時は珍しくアロハシャツでした。以前よりだいぶお痩せになっていたのが気になりました。
奥田さんは肩までのばした薄茶色の髪をポニーテールに束ね、髭面に薄い色のサングラスと外見は強面でしたが、お話しをすると優しい方でした。少し前に私が「今撮っている風景写真、もう少したまったら、Nikonサロンの審査に出したいと思っているんですよ」というと、奥田さんは「うちの方が先じゃないの」と笑顔で答えてくださいました。
奥田さん、まだやりたい事がたくさんあったと思います。奥田さんが育てた、そしてアサヒカメラの伝統が育てた後輩が、きっと継いでくれるでしょう。やすらかに御休ください。 合掌。

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by mash_boss | 2010-10-08 04:10 | 写真世界等々 | Trackback | Comments(4)
Commented by tes_music_system at 2010-10-08 07:28
五十台では早いね~ご家族の皆様の悲しみを思うと切ないね・・・合掌
Commented by uk at 2010-10-08 09:39
私も仕事でお世話になりました。
とても情熱的で頭のいい方…。亡くなったのが信じられません。
奥田さん“らしい”のかな。
心よりご冥福をお祈りします。
Commented by photo_artisan at 2010-10-08 12:43
一度だけ酒席で御一緒させて頂きましたがエネルギッシュな方でした。
相原さんと同年齢ですよね。
早過ぎます。

合掌
Commented by MM at 2010-10-08 22:00
びっくりしました。
ついこの間、「痩せちゃったね」と噂になっていたばかりでしたよね。。。(ご本人も「13kg(もっとでしたっけ?)痩せた」っておっしゃってましたよね)。

いつか一度お話ししてみたいと思っていた人だったので、残念です。

本当に最後の最後までエナジェティックな方だったんですね。。。

ご冥福をお祈りします。
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