決して忘れてはいけない事。 12月27日(日)  5048


b0069507_7112569.jpg東日本大震災の津波で児童64名の死者と10名行方不明、教諭10名が亡くなった石巻市立の旧大川小学校の被災した校舎のスピーカーです。
津波の力ででしょうか、変形しています。
2011年3月11日。このスピーカーからは、何が流れたのでしょうか・・・
初めて行った旧大川小学校、多くの家族連れが、御焼香に来ていました。
遺族の方達が裁判を起こしました。
学校やお役所の隠蔽体質であきらかにされない事、「ゆだん」や「ぬかり」の原因を遺族の方達は知りたくて、裁判を起こされたようです。
市の対処は、今、頻繁に報道される「いじめ」問題の学校や教育委員会の対処と似ているように思えてなりません。
学校周辺は、津波被害にあった校舎以外には何もないのですが。以前の写真を見ると、住宅地でした。
私や学校に来た方達が、何気なく車を置いてしまう空き地も、どなたかのお家が建っていた場所です。
大川小学校跡、気が滅入ってしまい、無力を感じる場所でした。
この悲劇、決して忘れてはいけません。
b0069507_952315.jpg被災跡として象徴的な場所のひとつ、南三陸町の防災対策庁舎の跡です。
何か、テントのようなものがありました。
b0069507_9162824.jpgそばにいた方にお話しを伺ったら、その方は「同業者」といっても、アートの写真家・佐藤時啓さん(東京芸術大学美術学部先端芸術表現科教授)でした。
このテントのような物は、カメラ オブ スキュラとの事。上にちょこっと出ている所から光をとりいれて焦点距離2600mmの特注の1枚レンズを通した画像を、地面に写し、それを三脚に付けたカメラで撮影するという方法で作品を創られているとの事でした。
カメラはフェーズワンをお使いになっていました。黒い布から覗かせていただきました。確かに地面に防災対策庁舎が写っていました。
テントみたいなので、風に弱く、昨日は撮影できず、今日は成功。明日は天気が崩れる予報なので、この撮影後はお帰りになるとの事でした。
撮影のおじゃまになるといけないので、次の場所に移動しましたが、興味津々です。
被写体の南三陸町の防災対策庁舎で起こった事も決して忘れてはいけません。佐藤さんの作品のなかにも、今日きざまれました。

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by mash_boss | 2014-12-29 09:47 | 写真世界等々 | Trackback | Comments(0)
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