師走21日め。合掌 12月21日(土) 3978


b0069507_3201720.jpg「ラジオなんですけど」という、久米宏さんのトーク番組が東京のTBSラジオで、毎週土曜日に放送されています。今日の番組イントロのトークで久米宏さんが昨日、小林彰太郎さんの「お別れの会」に行った事を話していました。
「お別れの会」?! 小林彰太郎さんは10月28日に亡くなられていたのです。享年83才。少し早いです。
習慣のように、新聞の訃報欄には目を通すのですが・・・ 載らなかったのでしょうか?  そうだとしたら、日本の新聞、車に理解が無いといく事でしょう。
とはいえ、小林彰太郎さんって誰? という方の方が多いと思いますが、日本の自動車ジャーナリストの始祖なのです。
小林彰太郎さんの事を知ったのは、中学生の時に今でも付き合いのある大の車好きの友人吉沢君が学校に、小林さんが編集長をしていた、CG(コンピューターグラフィックではありません。カーグラフィックです。)を持って来た時でした。
B5版が多かった当時の雑誌事情ですが、CGはA4サイズでグラフィックという名前のとおり、すばらしい写真が多く、いっぺんに虜になってしまいました。
雪のモンテカルロラリーで、ライトをたくさん着けたミニクーパーが直角に曲がっていく写真や、フライング・スコッツマンことジム・クラークの事、そしてポール・フレール、ポルシェの三和自動車が毎月表3に出していた広告もすばらしい物語でした・・・
スローインファーストアウトやトウ&ヒルや逆ハンも全部、CGで教わりました。

大人になり、雪のモンテカルロラリーのミニクーパーの真似事は、ニュージーランドの田舎道、舗装されていない砂利道で試してみて成功、一人で喜びました。当時のニュージーランドでは、一番安いレンタカーはクーパーでは無いですが1000CCのミニでした。
そして、フォトグラファーになり、月間自家用車の表紙を撮影するようになりました。目標はCGの表紙・・・ といっても、自動車雑誌としての目的がCGと月間自家用車では全く違うので、表紙も全く異なります。毎月タレントさんを撮影し、その下に小さく載る国産車もついでに撮影するという仕事でしたが、毎月タレントさんが写せて新車を借りられるという、若いフォトグラファーにとっては、楽しいしごとでした。
10年位まえでしょうか、小林彰太郎さん、雪の軽井沢、旧軽の浅野屋・シェ・マリーで一度だけお見かけした事があります。もう、CGの編集長をひかれて何年もたっていました。
背筋を伸ばして座ってらして、写真通りの方だと妙に納得した覚えがあります。

CGの読者なら、お気づきの方もいらっしゃると思いますが “from our Diary”という名称はCGの1コーナーから、拝借したのです。
CGも二玄社から独立、私も最近は殆ど買わなくなってしまいました。
明日、小林彰太郎さんの追悼号のCG買いに行きます。 合掌。

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by mash_boss | 2013-12-22 08:05 | | Trackback | Comments(0)
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