写真が写真の写真展。5月3日(日) 1795


b0069507_622833.jpg写真展らしい写真展をみました。
東京の世田谷区、砧公園内世田谷美術館で開催中の「日本の自画像・写真が描く戦後 1945-1964」は、写真が殆ど写真としての機能のみ発揮していた頃の写真展です。
写されているのは、私の生まれる前の太平洋戦争敗戦の日からもの心つき、鮮烈な記憶として残っている東京オリンピックまでの日本です。
この写真展を見ると、写真は記録であるという事と、優れた写真とは何か?が自然にわかります。
記録になるだけの時間を経た写真なのですが、展示された一点一点の写真の質の高さは素晴らしいものです。
この写真展は、写真が写された時期での日本の代表的写真家11名の写真家の写真を、現代のヨーロッパの若いキュレーターが選んだ写真で構成されています。
キュレーターが何処の国の人であろうと、写真の善し悪しは同じという事を証明してくれます。
そして、もうひとつ気付いたのは、写される人が、カメラを怖がっていない、カメラに気づいていない、カメラを意識していないのです。当時はカメラを持っている人は都会でもズーッと少なかったはず。ましてや田舎にいけば、皆無に近かったかもしれません。なのになぜ・・・・ 個人情報保護法も、Netも、個人用ビデオカメラも、PCもありませんでした。カメラは今よりズーッと小型でした。今のEOS 1DSシリーズやNikon D3シリーズと当時のライカⅢシリーズ、Nikon Sシリーズ、一眼レフのNikon Fを比べると大きさの違いにビックリします。カメラは道具から武器になってしまったようです。
写される事に恐怖を持たなかった時代、もう2度とは戻ってはこないでしょう。
広告の写真のテクニックはデジタル化により、格段に進歩をしています。広告の為のメディアは多機能他種類になってきています。
それに引き替え、写真を伝達するためのメディアとして掲載する紙のくメディアは減りました。ドキュメント系のフォトグラファーは紙の発表媒体が減るとともに、減っていきました。
でも、それでいいのでしょう?紙とTVの時代は絶望的でしたが、Netは味方になる可能性は大です。
お金も殆どかからず、検閲も少なく、全世界に自分の見た物、伝えたい事を発表できるなんて、今までの報道写真家、ドキュメンタリーのフォトグラファーには夢のような話です。
ただ、問題は「お金」にする方法が、収入を確率する方法がイマイチなのです。
報道写真家だって、収入が無ければ動けないのです。

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by mash_boss | 2009-05-04 06:16 | 写真展 | Trackback | Comments(3)
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Commented by 高鳥歩 at 2009-05-04 16:47 x
はじめてきました(#^.^#)
Commented by Dark at 2009-05-12 12:24 x
週末、世田谷美術館に行ってきました。
やっぱり歴史として残る一枚の写真は重いです。深いです。
「土門拳」という人が撮る子供写真にとても魅力を感じているのですが、他の方々の写真も見たとき、何か共通するものを感じました。
人生で一枚だけでも他人の記憶に残るような写真が撮れればと思います。
Commented by mash_boss at 2009-05-13 16:02
私は、Darkさん、良い写真を見た後って、いろいろ考えさせられるけど、気持ちが良くなります。そしてもっとがんばらばねければと思います。
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